名前を知らなくても、その絵にどこか見覚えがある。昔話の主人公や、元気な子ぐま、季節の中で遊ぶ子どもたち。黒崎義介(くろさき・よしすけ、1905–1984)は、『キンダーブック』『コドモノクニ』『チャイルドブック』などを通じて、長く子どもたちに絵を届けてきた画家です。
そして、1952年から亡くなるまで藤沢に暮らした、地元ゆかりの作家でもあります。
辻堂の藤沢市アートスペース(FAS)では、2026年12月20日まで「黒崎義介-童話の世界」を開催中。「昭和レトロでかわいい」の一歩先へ。その絵が親しまれた背景を知ると、原画を見る楽しみも増えてきます。
子どもが描いた絵ではなく、子どもに届ける絵
黒崎義介《かちかちやま》1973年。衣服を着た動物のしぐさにも、物語を伝える工夫が見えます。画像出典:藤沢市アートスペース。
「童画」と聞くと、子どものお絵描きを思い浮かべるかもしれません。黒崎が携わったのは、大人の画家が子どものために描く、絵本や児童雑誌の世界です。
大阪府立中央図書館・国際児童文学館の解説では、黒崎は昭和初期から活躍した「童画第二世代」の一人とされています。その特徴は、現実の子どもの姿に目を向け、形を整理しながらも、極端に変形させすぎないこと。描き手の個性だけを押し出すのではなく、幼い読者にも伝わる絵を目指した世代でした。
黒崎の親しみやすさは、単に丸く、かわいく描くことだけにあるわけではなさそうです。子どもが「何をしているところだろう」「この子はどんな気持ちだろう」と、絵の中へ入っていける。その近さに注目してみたくなります。
日本画を学んだ人が、童画に一生をかけた
黒崎義介の肖像。画像出典:藤沢市アートスペース。
黒崎は長崎県平戸の出身。FASの作家紹介によると、10歳のころから夏休みに幼稚園を借りて個展を開いていたという、早くから絵に打ち込んだ少年でした。
上京後は川端画学校で学び、1927年には《鞠つき》で中央美術展に入選。童画の仕事と並行して日本画にも取り組み、小茂田青樹や安田靫彦の指導を受け、院展にも出品しています。
図書館の解説が紹介する本人の言葉に、「僕の全生命は童画である」という一節があります。日本画の道を歩みながら、子どもに向けた絵を自分の中心に置いた人。その経歴を知って眺めると、やさしい絵の中の線や色の組み合わせ、余白にも目が向きます。
東京文化財研究所の記録は、児童向けの絵を60年余り描き続けたことや、児童画界への功績による1979年の受賞を伝えています。絵本の仕事は、活動の片隅ではなく、生涯を通した大きな柱でした。
参考:「黒崎義介」『日本美術年鑑』昭和60年版、東京文化財研究所
絵本の外でも、藤沢の人たちに絵を届けた
黒崎が藤沢へ移り住んだのは1952年。1984年に亡くなるまで、30年以上をこの街で過ごしました。
FASによると、地域の子どもたちに絵を教え、大人向けには墨絵教室を開きながら制作を続けています。東京文化財研究所の記録にも、藤沢市の社会教育委員や文化財保護委員を長く務めたことが記されています。
全国の子どもたちが読む本を描く一方で、身近な人たちが自分で絵を描く場にも関わった。藤沢とのつながりを、住所だけでなく活動から知れるのも、この展覧会のおもしろさです。
今回の展示には、藤沢にまつわる昔話を題材にした作品も含まれます。昔話の世界と、自分たちの暮らす街。その二つがどこで重なるのかを探しながら、作品を見てみてください。
元気な子ぐまに、しぐさを読む楽しさ
黒崎義介《こぐま》1948年。画像出典:藤沢市アートスペース
今回の展覧会で見どころとして紹介されているのが、子ぐまの兄弟を描く「クロサキヱ本」です。
掲載の《こぐま》では、二匹の丸い体とふわふわした毛並み、その周囲に広がる葉や実が目に入ります。枝に添えた手足や、体の傾け方をたどると、止まった一枚の中にも動きを感じられます。緑の葉に橙色の実、紫がかった枝。動物のかわいらしさと一緒に、植物の形や色を見る楽しさもある絵です。
子どもと見るなら、「次にどちらへ動きそう?」と話してみるのもよさそう。正解を当てるより、絵の中の小さなしぐさから物語を想像する。童画を身近に楽しむ入り口になります。
知っている昔話を、絵でもう一度発見する
黒崎義介《桃太郎》1965年。画像出典:藤沢市アートスペース
黒崎は『桃太郎』を繰り返し描いています。同じ昔話でも、一冊のどの場面を選ぶかによって、主人公の見え方は変わります。
国際児童文学館が解説する1964年刊の絵本には、鬼退治だけでなく、友達と相撲を取ったり、水くみをして祖父母を助けたりする場面もあるそうです。英雄になる前の、暮らしの中にいる桃太郎にも目を向けていたことがわかります。
ここに掲載した1965年の《桃太郎》では、淡い緑の地面や紫色を帯びた岩、人物たちの間にある余白も見てみたいところ。物語の筋を追うだけでなく、人物の大きさや配置から、場面の広がりを味わえます。
なお、1964年刊の絵本についての解説と、今回紹介されている1965年の原画は別の資料です。よく知る話だからこそ、「自分が覚えている場面とどう違うだろう」と比べながら見るのも一つの楽しみ方です。
辻堂のFASで、印刷された絵の向こうにある原画へ
展覧会公式案内。画像出典:藤沢市アートスペース。
今回の展覧会は、藤沢市所蔵作品から「童話の世界」をテーマに選んだ原画で構成されています。子ぐまのしぐさ、昔話の人物、温かみのある色や余白。記事や絵本で気になったところを、原画でじっくり見る機会です。
もっと解説を聞いてみたい人には、11月8日(日)14時から担当学芸員の展示解説も予定されています。参加無料、申し込みは不要です。
※展覧会情報は2026年10月14日確認。作品の見方は掲載画像に基づく編集部の鑑賞です。





